沿革

1971年(昭和45年)
農場開設資金貯蓄のため東京で美装会社を興す。
1976年(昭和51年)
2家族独身者1名で離農跡地41ヘクタールを購入して新規入植
興農塾開設(代表本田廣一)搾乳牛30頭で開始
1978年(昭和53年)
北海道で初めてのバーク堆肥の生産に成功
1979年(昭和54年)
近隣の農地買受現在の120ヘクタールとなる
1980年(昭和55年)
有畜複合総合農法提唱
無農薬無化学肥料での牧草や作物生産に取り組む
1988年(昭和63年)
有限会社興農ファーム設立
(代表取締役本田廣一)
1989年(平成元年)
パラーシステムの搾乳牛舎新設
1990年(平成2年)
搾乳牛に乳房炎多発により搾乳部門断念→廃業
肉牛部門に切り換え、未去勢若齢肥育(YBB)生産開始
1995年(平成7年)
飼料をそれまでの輸入穀物中心から国産の飼料に切替え70%を実現
自社加工場建設(事務所に増改築)
1998年(平成10年)
豚の飼育開始
2002年(平成14年)
豚舎建設母豚を導入し本格的な繁殖・肥育開始
2003年(平成15年)
個人向け販売開始
現在に至る

代表挨拶

 興農ファームの代表をしています本田廣一と申します。

 世界遺産でもある知床の標津町古多糠に入植して35年になります。入植と言いますように、農業に新規参入組みの一人です。私は戦後ベビーブームの一人ですが、都会に憧れ大学で都会に出ましたが、都会生活の中で生活のあり方、食べ物のあり方に疑問を持ち始め、結局自らが農業を実際に行うことになりました。

 戦後日本の復興の為、多くの人が都会に流れ、今では人口の35%の人が関東圏に住んでいますが、その歪みというような、国民の多くが土から離れた生活を余儀なくされています。

 命は土を離れては育まれません。4本足の鶏を描いたり、私たちが日々元気に生きていられるのは、私たちの食べ物になる他の命を頂いている感謝を忘れ、食べ物はスーパーに行けば帰るものと思っている昨今。

 多くの悲惨な事件や食べ物の安全性を疑う事件が相次いでいます。これらの事象は全て命の育む現場から
人々が離れ過ぎてしまった結果と言わざるを得ません。

 私たちはそんな時代に少しでも皆さんが命を育む土に近づけるように、日本の原風景を都会にいても感じられるようなお付き合いができればと心より願っています。

 皆さんが日々健康で元気に生きられるように私たちは土に化学肥料・農薬はもちろん、外部からの資材を入れず、家畜の餌についても輸入穀物は極力使わず国産にこだわり、皆さんが心より安心できる食べ物生産に頑張りたいと思っています。一度農場へ遊びにお越し下さい。

 お待ちしています。